山梨県知事 長崎幸太郎様(以下、長崎知事)
株式会社チェンジウェーブグループ 取締役 酒井穣(以下、酒井)
▼目次
家族のケアが原因で、思い描いた道を歩めない県民をなくしたい。
不必要な不安をなくして、「頑張れば報われる社会」をつくりたい。
介護負担を減らすためには、情報を得て、必要なソリューションとつながることが大事。
今日のセミナーが、希望が持てる対策づくりの第一歩。
「家族はプレーヤーではなくマネージャーに」という意識を多くの人と共有したい。
介護に直面しても「何とかなるよ」という地域社会に
2024年8月20日、山梨県は「ビジネスケアラーセミナー」を開催しました。
山梨県では、全国の自治体に先駆け、知事を本部長とする「山梨県ケアラー支援推進本部」を立ち上げており、このセミナーは「仕事とケアの両立」に向けた最初のステップとして実施されたものです。
当日は、企業の経営者や人事労務担当者、市町村担当者、介護・子育て支援者など約150名が参加され、この問題に対する関心の高さが伺えました。
このセミナーでは、チェンジウェーブグループ・取締役の酒井穣が講演をさせていただいたほか、ビジネスケアラー支援事業 法人営業部門 部長の中根愛がパネルディスカッションのコーディネーターを務めました。
セミナー後、長崎幸太郎知事に、先進的な取り組みに踏み出した理由や今後の展望についてお伺いしました。
チェンジウェーブグループ・中根(以下、中根)
本日はありがとうございます。まずは、山梨県がビジネスケアラー支援を強化されている理由や背景についてお聞かせいただけますか?
長崎知事:山梨県は、県政の大きな目標として「県民一人ひとりが豊かさを実感できるやまなし」を掲げています。そのためには、「県民が自ら選んだ道を妨げられずに歩める地域づくり」をしていきたいと考えています。
家族のケアは誰にでも起こり得ます。たとえそのリスクが発現したとしても、自分の歩みたい道を歩むことができる山梨県にしていこうということです。
これはまさに、本日お話いただいた介護離職の防止やビジネスケアラー問題と、軌を一にするものだと思っています。
山梨県の皆さんが思い描いた道を歩めるようにするための、ひとつの大きな柱となる施策と考え、この取り組みを始めました。
酒井:選択肢があるということは、豊かさのひとつになりますよね。「これしかない」となると全てを犠牲にしてしまう可能性がありますから、そうした状況に県民の方が置かれないことが大切かと思います。
たとえば「特別養護老人ホームに入所するしかない」と思っている方がいるとしたら「いや、他にも選択肢はあるぞ」という話を届けていけたらいいですね。
長崎知事:多様な選択肢を用意するというのも我々の基本政策のひとつです。
中根: 取り組みの背景には人口減少危機対策もあるとお聞きしています。ケアラー対策 との関連についてもお聞かせください。
長崎知事:若い世代の人たちが「頑張れば自分の生活はもっと良くなる」という明日への希望を持てる社会にすることが、人口減少危機対策の根本だと思っています。
親御さんのケアが原因になって、今、自分が進もうとしている道が閉ざされるかもしれないという不安があり得るわけですよね。その時に「心配しなくていいよ」と言える体制を整えていきたいと思っています。おそれる話ではなくて、きちんと向き合って準備をしておけば大丈夫だよ、と。
「道を諦める必要はないんだ」「これからも頑張れるんだ」という確信を、若い人たちに持ってもらいたいと思っています。そうした意味で、ケアラー問題は人口減少危機対策のひとつの土台になっていると考えています。 介護に対する不必要な不安を持たないで済むようにすることが、「頑張れば報われる社会」につながってくると思っています。
中根:人口減少に歯止めをかける方法としては、様々な施策が考えられると思います。その中でもビジネスケアラー対策に焦点をあてられた理由は何でしょうか?
長崎知事:生活の土台は「働く」ことにあります。働くことを断念させられる理由のひとつに介護問題がありますから、「頑張れば報われる社会」を実現するためには重要なパーツですし、これは本質的な話ではないかと考えています。
本県ではこれまでヤングケアラーの問題にも取り組んできましたが、生活ができなくなったらどうしようもなくなってしまう。複数の世代に及ぶ大きな問題です。
酒井:日本は労働人口が足りなくなっていますから、労働者一人ひとりの生産性向上も大切ですし、女性の活躍推進や定年延長・定年のない社会も実現する必要があります。日本に限らず先進国は全て同じ傾向にありますが。
もちろん、健康問題など、何らかの理由があって働けないのであれば支える必要がありますが、働ける人には働いていただかないといけないのが現状です。
ところが「60代の方が働ける社会」になったとしても、60代で6〜7割くらいの方が介護をしているんですよ。シニア活用という視点から考えても、介護負担を少なく維持できる社会を作っていかなくては、ということになるんですよね。
長崎知事:介護負担を減らすために「知る」ということが本当に大切になってきますよね。実は私もそのことを実感する出来事がありました。
離れて暮らす親が倒れたら大変なので、ある警備会社のシステムを入れたんです。そうしたら後になって、全く同じものが親の住んでいる地域の区役所で提供されていたことがわかりまして…しかも値段は10分の1以下でした(苦笑)。
酒井:わかります。今日の講演でも、親の介護を中心に話しました。実際、ソリューションは既にあり、対応できる方もいるのに、それが知られていないという問題があるんです。必要としている人と適切なソリューションをもっとつなげていきたいと思っています。
中根: ビジネスケアラー対策の背景についてお聞かせいただき、ありがとうございました。
本日のセミナーにはたくさんの方がご参加くださいましたが、知事はどのようにご覧になりましたか?
長崎知事:皆様の関心の高さ・真剣さを再認識しました。皆さん、ご自身の体験に照らし合わせながらお話を聞いていたようにも思います。
介護の問題は、できれば先送りにしたい、見て見ぬふりをしたいという方も多いと思います。しかし、酒井さんやパネラーの専門家の方々がおっしゃったとおり、体制をしっかり整え、対応をしていけば、かなり負担を軽減することができる。今日はそのことを皆さんが知って、希望を持てたのではないかと思います。これから我々が本腰を入れてケアラー支援に取り組もうとしていますが、県民が希望を持てる対策を考える、そのための第一歩を踏み出すことができました。
酒井:知事が元々おっしゃっていた「介護待機者ゼロ」に対して、もうひとつの道筋を提示できたのが良かったと思います。
介護業界の連携ができれば、新しく施設を建てなくとも、既存の介護施設で枠ができる可能性があります。早期に対応して接続することで、待機者を減らすことができるんです。
福祉を必要としている人を特定し、必要な支援とつなげるときに、介護の世界でいう「誘い出し」というプロセスが非常に難しいんです。その成功例を知事の力で作っていただきたいですね。
長崎知事:今日のセミナーで、重要な問題の所在を把握することができたと思います。このあと解決策を考えていきますので、解決につなげていきたいですね。
酒井:労働力が減少していく中で、生産性が低下する可能性を解消していくことなので、企業にとって重要だと思います。完全に経済合理性の話ですから。
長崎知事:そうですね、企業と我々行政の役割分担もできるかなと思っています。特に、「介護とは何か」という認識を介護する側も受ける側もトータルで変えていくというのは、行政のひとつの大きな役割でもあると思っています。
酒井:そうですね、例えば排泄介助などはプロに任せる、むしろその方がいい場合があることを知ってほしいです。
介護って親子のコミュニケーションが圧倒的に増えるんですよ。介護があったからお互いを深く知ることができたという話は、アンケートなどでたくさん出てくるんです。
写真の整理を通して親の人生を理解したり、一緒に過ごす時間やお互いの気持ちを深く話す時間を作れるのが、介護の良い面です。身体的な介護などはある程度プロに任せていいんですよ。
長崎知事:親子で楽しい時間、豊かな時間を過ごすにはどうすればいいか、そこから介護を考えていこうと出発させれば、暗いイメージを払拭することもできますよね。県民の皆さんに浸透させていくことができればと思います。
酒井:今は介護リテラシーの過渡期です。現在の中学生は、介護が学習指導要領に入っているんです。今後はリテラシーの高い世代が生まれてきますが、今はちょうどビジネスケアラー予備軍にあたる方々のリテラシーが不足している状態。ここが1番厳しい。
究極的には、身寄りがない高齢者でもきちんと暮らしていることを知ってほしいです。介護離職をしてしまう方って、自分以外に介護の担い手がいないから、とおっしゃる方が多いので。でも、そんなことはないんです。
長崎知事:セミナーでも酒井さんがおっしゃったとおり、介護においてご家族はマネージャーになることが必要なんですよね。マネージャーとしての役割を担うことが重要だという意識を、多くの方と共有していきたいなと思っています。
酒井:子育てで例えるなら、小学校という存在を知らないで、子どもの教育を全部自分でやっている親御さんが、大変になって教育離職するようなものです。小学校という場所がありますので、そこに入れてくださいってなりますよね。介護も同じです。
知識がないがために介護離職する方が多いですから。
中根:では、今後の展望をお聞かせください。
長崎知事:まずは実態調査をしたいと思っています。調査のプロセスの中で「こういう問題が存在する」という認知を上げる効果もあると思います。
実態を把握した上で、施策として何を構築するのが優先的に求められているのかを考えていこうと思っています。
その中で、一つは介護に関する知識や情報の提供をしていかなければならない、と考えています。
また、介護の時、家族の役割はプレーヤーではなくマネージャーだということを共通認識としてつくっていく必要があると考えています。
それから、さきほどパネルディスカッションでお話があった「身体的負担、精神的負担、時間的負担。金銭的負担」の4つの負担軽減をどうしていくか、ベストソリューションを集めていかないといけない。
本腰を入れて取り組んでいくべき問題だと思いますね。
酒井:実態調査については気をつける必要があります。自動車を見たことがない人は、移動をする時に「もっと速い馬がほしい」と言うんですね。知らないことを求めることはできないので、介護について知らない人にニーズ調査をすると、本当のニーズが出てこないんですよ。
長崎知事:その通りだと思います。まず現状を把握したら、そこからソリューションを考えるのは、我々行政の問題ですね。
ただ、今日のセミナーを通して、多くの方が問題の重要さとともに、「ソリューションがある」という希望も持てたのではないでしょうか。
我々もケアラー支援に本格的に取り掛かると、実体験に基づいた多くの問題に直面するでしょう。試行錯誤にはなると思うのですが、その問題に向き合って、最終的には「何とかなるよ」と思える地域社会づくりをしていきたいです。
酒井:「ケアラー支援やまなしモデル」ができるといいですよね。本日はありがとうございました。
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